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アクタス1993年1月号 ▼探偵の人間万華鏡▼①

17歳年下男と駆け落ち

自宅に書置き残し失踪

 「娘が突然、家からおらんようになったんです。なんとかして一日も早く、探し出してください。」
金沢市内に住む老夫婦が事務所へ調査依頼に訪れたのは、十月末のことだった。 2人とも額には深くしわが刻まれ、七十歳をとうに過ぎているかのようであり、手を合わせて頼み込む姿が痛々しく、時折涙をぬぐいながら失踪の顛末を打ち明けた。 娘の上村恵子さん(42)=仮名=が家出したのは一週間前の早朝である。家族の中で最も早く起きて家事をするはずなのにこの日に限って姿が見えなかった。養子である恵子さんの夫(45)に行き先を聞いたものの、心当たりはなかった。
  「私は、疲れていたので昨夜は一人で早く寝た。朝目覚めたとき、恵子の布団はもぬけの空だった。用事があってどこかに出かけたのかなあ。」
  そうこうしているうちに居間の電話台の上に便箋の走り書きを見つけ、肝をつぶした。 
  「お父さん、お母さん許してください。私は二度と家に戻るつもりはないので、捜さないで・・・・・」

3か月前から頻繁に外出

 恵子さんに不審な行動が見え始めたのは、三カ月ぐらい前からだ。夕食の後片付けもそこそこに、 
  「週刊誌が読みたいのでちょっと喫茶店に行ってくる。」 
と言って出掛けたのが始まりである。
初めのうちは午後九時過ぎには帰宅していた。そのうち外出する日の間隔が次第に短くなり、帰宅時間も午前零時を回ることが珍しくなくなった。 母親の方が見るに見かね、恵子さんの夫に夜の外出先をそれとなく尋ねたものの、心当たりはないという。思い余って、恵子さんに厳しくクギを刺した。 
 「近所や子どもの手前もあるから、外出もほどほどにするように。」 
しかし、恵子さんは「喫茶店で雑誌を読んでいると時間のたつのを忘れてしまった」「お友達に誘われてカラオケボックスに行き、話し込んでいるうちに遅くなった」と、その都度適当にはぐらかしていたのである。 
  母親は、何度忠告してお恵子さんが夜の外出をやめようとしないのに業を煮やし、カラオケボックスにいつも誘うと聞いていた友人の自宅を訪ねた。
  友人はキツネにつままれたような表情を浮かべ、 「ここ数カ月、一度もあったことはありませんよ」 といった後で、一瞬言葉を飲み込み「実は」と切り出した。 「私は現場を見たわけじゃありませんから、はっきりは分からないですけど・・・・・・。うわさでは、若い独身の男性と親しい仲だそうですよ」
  声もなかった。うちの娘に限ってという思いがある。半信半疑ながら、恵子さんに噂が本当なのかどうか問い詰めた。 恵子さんは顔色を変えて黙り込み、伏し目がちの目から涙をこぼしていた。
  老夫婦は、噂は単なるデマではないことを直感し、 「二度と過ちを犯さないでね」 とだけ忠告し、相手の男性の名前など詳しいことはあえて聞かなかった。恵子さんが蒸発したのは、その翌朝のことである。

夫は働き者の真面目人間

 上村家は先祖代々から受け継いだ二十ヘクタールの水田と畑を耕す篤農家だ。
  老夫婦は子宝に恵まれなかったため、遠い親戚筋から三歳だった恵子さんを養女に迎えて育て上げた。二十二歳になった時、見合いをさせ、現在の夫を婿養子にしたのだ。恵子さん夫婦には現在、大学一年の長男と高校二年の長女がおり、近所の人たちの目には何不自由ない理想の家庭のように映っていた。
  夫は早朝から農作業にいそしむ近所でも評判の働き者である。若いころから浮いた話は全くなかった。楽しみと言えば毎晩のちょうし三本程度の晩酌であり、酔いが回ると黙って一人で床に就くというのが日課だったようだ。 恵子さんの方はというと、やや小柄なせいか実際の年より十歳は若く見え、しかも近所では美人と評判だった。性格も明るく、農協婦人部の会合にもちょっと粋な装いで出かけ、社交的で通っていた。
  恵子さんが失踪した数日後河北郡内に住む五十過ぎの女性が老夫婦宅に血相を変えていきなり押しかけて来た。
  「お宅の娘がうちの息子をたぶらかして駆け落ちした。どう責任をとってくれるのか」
  女性の話によると、息子は26歳の独身で、高校卒業後、地元の鉄工所でまじめに働いてきた。将来は分家させるつもりで自宅近くに小さな家を新築し、あとは結婚相手が見つかるのを待つばかりだった。
  ところが、恵子さんが家出した同じ日、行先も告げずいなくなったというのだ。部屋を探したところ、息子の住所録に恵子さんの名前と住所を書いたメモ、それに恵子さんからの手紙をみつけ、乗り込んできたのである。
  しかし、相手がまさか十七歳も年上とは思ってもみなかったようだ。 老夫婦は恵子さんの消息をつかむため、心当たりを捜し回った。結局、手掛かりはつかめず、事務所に駆け込んできたのである。 老夫婦に家出の際の所持品を確認したところ、わずかな着替える類と残高三百万円の預金通帳を持ち出していることが分かった。
  預金通帳を調べた結果、地元銀行の小松支店から三日ごとに十万円ずつ引き出されていることが判明し、老夫婦から銀行側に事情を説明して協力を依頼してもらい、調査員を支店に張り込ませた。
  現金を引き出しに支店窓口に恵子さんが姿を現したのは、それから一週間後のことである。 老夫婦が支店に到着するまでの時間稼ぎのため、調査員は支店を出てきた恵子さんを捕まえて近くの喫茶店へ連れ込んだ。 恵子さんは家出の動機について、こう語った。

淡泊な夫婦生活に不満

 「主人には申し訳ないが、夫婦生活があまりにも淡泊であり、いつも私は”カヤの外”だった。そんな時、あるダンス喫茶でカレと出会い、夫にはない若々しい情熱に引かれてしまったんです。まさか、この私が年がいもなく、こんな大胆なことをしでかすなんて、思ってもみなかったのですが・・・」
  昨今の雑誌やテレビによる不倫情報の氾濫、女性の性意識の変化などが一因なのだろうか。調査の中で、性への渇望、不満がちょっとしたきっかけで堰を切って流れ出し、中年女性を大胆な行動に走らせるケースにしばしば出くわす。
  恵子さんも当初、この男性とはダンス喫茶を密会場所に会話を楽しみ、一緒に踊り、酒を飲む関係でしかなかった。しかし、一線を超えるまでにそう時間はかからなかった。いったん肉体関係ができると、女性の場合、人目をはばからなくなるのが常だ。会うたびに大胆になり、ダンス喫茶の後にラブホテルがお定まりのコースとなった。
  調査員が、母親のことを心配している子供たちの話を切り出すと、恵子さんは涙をため、 「かわいそうだけど・・・・」 と声を震わせた。 
  まもなく老夫婦と親類の人が駆け付け、別の店で夜遅くまで家に戻るよう説得を続けたそうだが、無駄だった。 風の便りによると、その後、二人の行方はつかめなくなったものの、恵子さんが子供にかけてきた電話で、名古屋市内で暮らしていることが分かった。双方の両親が現地に向かい、二人を説得して連れ戻した。
  恵子さんは料理屋の接待係をし、男性はトラック運転手をしてアパート暮らしをしていたが、生活に疲れて戻る気になったのだという。 夫は恵子さんを許し、子どものためにやり直そうと誓い合ったそうだが、不倫の原因の一端が自分にあったことはたぶん今も知らないだろう。

(調査結果を素材にした創作です。)

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