メディア掲載実績

アクタス11月号 女探偵は見た 人生こころ模様 第11回

ゆがんだ母子の絆

アクタス 2014.11月号

アクタス 2014.11月号

 家族の絆、とりわけ親子の絆がゆがんだものになった時、あなたなら、どのように対応しますか?
 金沢市の松岡仁美さん(45)=仮名=は、一人息子の大輝さん(22)=仮名=と2人で平穏な日々を送っていました。
 仁美さんは21歳の時、当時付き合っていた男性と結婚し、その後、大輝さんを出産しました。しかし、親子3人の幸せな暮らしは続きませんでした。
 というのも、夫は子育てにまったく協力せず、生活費を入れないことに加え、ほかの女性と遊んでばかりいたからです。
 仁美さんは再三にわたり、お金を入れるように要求しました。しかし、夫は聞き入れてくれませんでした。
 女遊びもエスカレートし、仁美さんは何度もやめてほしいと懇願しました。こちらも受け入れられることはなく、揚げ句には、夫の暴力が日常を支配するまでになったのでした。

女手一つで子育て

仁美さんはとうとう夫との決別を誓い、息子が小学4年だった秋に、夫と離婚することとなりました。
離婚後、仁美さんは美容関係の仕事に就き、女手一つで手塩にかけて一人息子の大輝さんを育ててきました。
仁美さんは、父親がいない息子に辛い思いをさせないため、息子が欲しがった物をすぐに買い与えるなど、少し過保護なところがあったにせよ、周りから「母子家庭だから不憫だ」と言われないよう、仕事に家事に励みました。その甲斐あってか、仕事は順調で、経済的にも豊かになっていきました。
ここまでは良かったのですが、大輝さんは19歳の時、進学した大学でまったく勉強に励はげめず、中途退学することになりました。それでも、仁美さんが息子を責めることはありませんでした。
大輝さんがせっかく勤めた建築関係の仕事を3カ月で辞めた時も、「きつい仕事だから仕方ない。あの子に向く仕事がほかにあるはず」と、良いふうに理解していました。
しかし、大輝さんはどんな仕事に就いても長く続きませんでした。そんな状況に、仁美さんは息子の将来を心配するようになっていきました。
仁美さんには、さらに悩みごとがありました。大輝さんは金遣いが荒く、多い時で月に30万円も使うことがあったのです。
「どうしてそんなにお金がいるの?」
「もしかしたら、誰かに脅し取られているの?
それとも、ギャンブルに大金をつぎ込んでいるの?」
理由を尋ねても、大輝さんはただ暴れるばかり。その暴力の前に、女性である仁美さんは怖くて立ちすくむだけでした。
「このままでは、この子の人生は駄目になるのではないか」
仁美さんは意を決し、問題解決のため、当社に駆け込んできたのです。

勤務態度は真面目

 依頼内容は、大輝さんの日々の行動、金銭の使い道、交友関係を調べる「素行調査」でした。
仁美さんに息子の財布をこっそりのぞき見てもらえるため、仁美さんと協力しながら、調査に当たることになりました。
当時、大輝さんは飲食店の従業員で、勤務は深夜まで及びました。勤務態度や接客については、意外にも真面目に取り組んでいました。
しかし、大輝さんは毎日、勤務前や休憩中にパチンコ店へ通っていました。調査員は1週間ほど、店内の大輝さんの比較的近くで、パチンコに興じる客を装いながら様子を見続けたところ、大輝さんの収支は5万円ほどプラスでした。
こうした調査を継続した結果、調査員は大輝さんと顔なじみになり、いろんな情報が入ってくるようになりました。
大輝さんはなぜ、ひと月に30万円もの現金が必要だったのでしょうか。
実は、大輝さんはデリバリーヘルス(デリヘル)にはまっていたのです。大輝さんは週2日程度、仕事帰りに2時間ほどラブホテルでデリヘル嬢と過ごし、帰宅していました。
そんなある日、仁美さんから、大輝さんの財布の中身について報告を受け、驚きました。なぜなら、その日はパチンコ店で約3万2000円のもうけがあり、財布には11万円程度入っているはずなのに、残高はたったの1万円。1日もたたないうちに、10万円も使っていたことが分かったのです。
こうした状況は、決まって大輝さんがデリヘル遊びをした時に起こっていたことから、大輝さんが相手の女性に貢いでいるようだと推測できました。

「バカな男がいる」

 大輝さんはなぜ、そんなに金を使うのか。また、母に対してなぜ暴力をふるうのか。私たちは、よくある「女遊びにはまっている男」と断言してしまうのは早計だと考え、相手の女性がどんな人物なのかを詳しく調べることになりました。
方法は、男性調査員がデリヘルの客を装って該当の女性を指名し、接触を重ねて情報を引き出すというものでした。これが奏功し、さまざまな話を聞き出すことができました。
その女性は、人妻を売りにしたデリヘル店に勤務し、「美姫」(24)と名乗っていました。結婚経験がないようでしたが、店の手前もあり、結婚しているとかたっていました。
美姫さんはお世辞にも美人とは言えず、華やかさにも欠けていました。ただ、スタイルは抜群でした。加えて気立ても良く、風俗で働いているとは思えないほど真面目そうな印象でした。
調査を続けていたある日、男性調査員に対して美姫さんがこんなことを漏らしました。
「あるお客さんに『病気の母のために仕方なく働いている』と涙ながらに訴えたの。そうしたら、本当に援助してくれた。バカな男がいるもんよね」
私はこの話を聞き、嫌な予感がしました。そして、その後の調査で「まさか」が現実だったことを知りました。「バカな男」とは、大輝さんだったのです。
大輝さんが「貢君くん」となっている実態を仁美さんに報告すると、仁美さんは「やっぱり、バカな息子」と肩を落としました。

父からうそ吹き込まれ

 後日、仁美さんは兄(大輝さんの伯父)に仲介役を依頼し、大輝さんと話し合いました。
「大輝、どうして私に当たるの?」
こう尋ねる仁美さんに、大輝さんは何も答えようとしません。
「それじゃあ、あの美姫とかいう風俗嬢に貢いでいるのは、同情したから?」
大輝さんはこの質問には動揺した様子を見せました。
「お母さん、調べたんだね」
「当たり前でしょ。たった一人の息子が、狂ったようにお金をせびるわ、暴れるわ、本当に異常だったからね」
仁美さんは、兄が立ち会ってくれていることもあり、一気にぶちまけたのでした。
仁美さんの真剣なまなざしに、大輝さんはようやく自分の気持ちを打ち明けました。
「一生懸命働いている美姫さんが好きになった。美姫さんと結婚して助けてやりたいと思っているんだ」
「じゃあ、なんで母さんにつらく当たるの?」
母さんだって、お父さんと別れた後、お前に不自由な暮らしをさせないように、一生懸命頑張ってきたのに」
仁美さんが涙ながらに訴えると、大輝さんから思いもよらぬ答えが帰って来ました。
「お父さんと離婚したのは、お母さんが別の男と不倫したからだろ」
なんと、大輝さんは父や父の両親から根も葉もないうそを吹き込まれていたのです。
実は、離婚理由を子供に伏せたまま別れる夫婦は多く、これがきっかけでトラブルが発生するケースも珍しくありません。
「大輝、目を覚ましなさい。美姫さんには同棲している男がいて、風俗の仕事を通じて客に貢がせているのよ。母さんを信じて」
仁美さんは抑えきれずにすべての事実を告げ、美姫さんのことを忘れるよう訴えました。大輝さんは大きなショックを受け、その後、デリヘル遊びをやめました。

鎹」ではなく「分身」

 昔から「子は鎹」といいます。子供は夫婦仲を取り持つものという意味で、語源となった鎹は、木材をつなぎ合わせるための資材のことだそうです。
しかし、夫のいない仁美さんにとって、大輝さんは「鎹」ではなく「分身」だったのではないでしょうか。
それだけに、子離れには余計に大きな痛みと悲しみを伴うはずですが、これを乗り越えてこそ、親子の絆が本物になると思うのです。

(登場人物は調査結果を素材にした創作です)

  |  

メディア掲載実績一覧に戻る

Return to Top ▲Return to Top ▲