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アクタス4月号 女探偵は見た 人生こころ模様 第4回

最後の大切な使命

アクタス 2014.4月号

思えば、この世で築きずいた財産を、あの世へ持って行った人は誰一人いません。
人は、人生の終焉を目前にした時に自分なりの整理を行うのです。
このような立場になれば、大切な人に「せめて何かを残してやりたい、守ってやりたい」と思う気持ちは、分かるような気がします。

その大切な人は子供や孫であったり、人生を共にした伴侶であったり、さまざまですが、私自身はこの思いこそ、愛を象徴する典型的なものだと思います。
なぜなら死を目前にした人にとっては、見返りのない最後の贈り物になるからです。
もし、この世で最後の願いを成就させるために大きな決断を迫せまられた時、あなたは、どのような選択をしますか?

余命半年の依頼者

70年を超える人生の中で、最初で最後の調査を私たちに依頼してきたのが、昨年夏に出会った富山市の豊岡スミ子さん(77)=仮名=です。
スミ子さんは全身がんにむしばまれ、余命はわずか半年足らずでした。
スミ子さんは3年前、夫に先立たれ、長男の良介さん(45)=仮名=、その妻明子さん(44)=同=と2人の孫の5人暮らしでした。
そんな温かい家庭に2年前、突然、災難が降りかかりました。
それは、明子さんが不倫をしていることをスミ子さんが知ったことから始まりました。
明子さんはスミ子さんを介護しながら福祉施設にも勤め、身を粉にして働いていました。
スミ子さんは、そんな明子さんに申し訳わけない気持ちでいっぱいでした。
ところが、いつの頃からか、明子さんの外出時の服装や化粧が派手になり、帰宅時間が明らかに遅くなりだしました。
「明子さんは浮気している…」
スミ子さんは疑惑を抱いだくようになりました。
しかし、そのことに気付いていない息子に話すことをためらっていました。

「放置して死ねない」

そんなある日、良介さんが出張で家を空けたのをよいことに、深夜にそっと外出していく明子さんの姿を、スミ子さんは見てしまいました。
「このままじゃいけない」スミ子さんは病を押して富山から金沢駅東口近くにある当社相談室のドアをたたき、事情を赤裸々に語りました。
「私がいなくなった後の息子や孫が心配です。でも明子さんにも世話になっている。家族のことを考えると、このまま放っておいては死ぬに死ねない」
スミ子さんはさらに続けます。
「明子さんと関係を持っている相手の男性を探り出し、その2人を別れさせてほしい。何としても、息子夫婦や孫の将来を守ってやりたいんです」
我々探偵にとって、証拠証集めや相手の身元を判明させる業務はもとよりですが、その結果をもとに、「復縁」という目的を達成するための、合法的かつ効果的な方法を模索し、提案することも大切な使命です。
私はスミ子さんの熱意にほだされ、彼女の人生最後の願いをかなえるため、明子さんの素行調査を受諾しました。
一方、高齢者を介護する立場の明子さんは、後で分かることですが、スミ子さんとは別の視点から、人生のはかなさを感じていました。
彼女は「一度しかない人生だから、好きなように生きたい」との思いを抱いていたのです。

女性は心の陶酔から浮気に

ところで、当社に長年蓄積されたデータを分析すると、不貞・不倫・浮気といった類いの調査案件は日常的にあり、統計的にどのような人が浮気され、どのような人が浮気するのかがある程度は分かります。
まず、第一の要因は、そもそもパートナーが別の異性との肉体関係・精神的関係を持ちたいとの願望があるかどうかという点です。
これは、単に浮気性かどうかというより、現在の2人の絆や将来に対してのお互いの存在意義も関連してくるので単純ではありません。
肉体関係に発展するまでの経緯や意識も、一般的に男女で違いがあります。
男性は性的関係を早急に求める傾向があり、女性は精神的な陶酔があってから、徐々に肉体的な関係に至いたることが多いようです。
言い換えれば、男は衝動的で、常に性的関係を意識するのに対し、女は仲間意識からいつしか好意を寄せ、「好き」と言う感情に支配されてから、その後、性的関係を受け入れる傾向があるように思えます。
お互いにその性格を踏まえ、異性との関係を無意識に持っているのです。

女性が誘うケース増え

その次の要素として、不貞行為を助長しやすい環境にあるか否かという点です。
パートナーが構ってくれなかったり、2人の関係が冷めてきたり、飽きてきたり、異性としての意識が不足しているところから来るものもあります。
この点、配偶者の危機意識が強すぎる場合も、それから逃れたいという意識が助長されて悪循環に陥おちいるケースがあり、一概に良いとは言えません。
結論として、浮気を防ぐ決定打はないに等しいと言わざるを得えず、パートナーに委ねるしか方法がないのです。
男女の関係は時代とともに変化しています。
近年は、浮気調査の対象者が「女性から誘われた」というパターンも多くなっています。
男性からの依頼の割合も飛躍的に増えました。妻や交際女性の素行調査をしてみると、性的サービスを伴なう風俗店に勤めているケースが、当社の実績では10年前の10倍以上になっています。
いずれにせよ、変化のスピードは思っている以上に早いと実感しています。

不倫相手は職場の同僚

さて、スミ子さんの話に戻ります。調査を進めていくうちに、明子さんは、職場の同僚の森田正男さん(32)=仮名=と浮気している事実をつかみました。
尾行中、2人がレストランで「スミ子さんが亡くなってから、一緒になろう」などと話しているのも聞きました。

多忙を理由に構ってくれない夫。姑の介護での疲れ。どうやら明子さんは、こうした事情を独身の森田さんに相談するうちに、好意を寄せるようになったようです。
早速、調査結果と現状をスミ子さんに報告しました。
ところが、スミ子さんは「息子に伝えても、話がややこしくなるだけだから、知らせないでほしい」と答えるばかりでした。
私はスミ子さんに訴えました。
「息子さんが知らないと何も解決しません。小手先でごまかす方法では、あなたが亡くなった後、明子さんは離婚を切り出すことになります」
戸惑うスミ子さんに対し、私は続けました。
「息子さんに真実を伝えることから始めましょう。確かに明子さんの説得に失敗したら、あなたが亡くなる前に、明子さんが家を出ていく可能性もあります。しかし、今、明子さんがあなたの介護を頑張っているのは、あなたへの感謝の気持ちがあるからにほかなりません」
この方法しかない。私はそう感じたのです。
「あなたが生きている間にできる、最後の大切な使命です。さあ、頑張りましょう」
私は信念を持って、そう伝えました。
やるべきことをやる姿勢を ようやく納得してくれたスミ子さんは、息子の良介さんにことの次第を伝えました。良介さんは色を失いましたが、私の助言の下もと、スミ子さんが一緒にいる形で、夫婦で話し合うことになりました。
家族のこと、子供たちの将来のこと。これまで疎そかにしてきた、やらなければならないことすべてに協力して当たっていくことを約束し、2人はようやくやり直すことになったのです。
スミ子さんの訃報を新聞で拝見したのは、それから3カ月後でした。葬儀で夫婦そろって弔問客に対応している姿が印象的でした。
その後、夫婦の仲がどうなっているかは分かりません。
ただ、私は、やるべきことを粛々とやっていくという姿勢は、正しいことだと思うのです。
今回のケース、賛否両論あると思いますが、皆さんはどのように考えますか。

(登場人物は調査結果を素材にした創作です)

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