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アクタス1993年3月号 ▼探偵の人間万華鏡▼③

2019年3月15日 (金) アクタス1993年3月号に掲載された当社代表の連載をご紹介します。

▼探偵の人間万華鏡▼③ 周りの目への疑心暗鬼

左遷気になり調査を依頼

「私の職場での評判を調べて下さい。私が上司からどう評価され、同僚や部下たちからどのように思われているのか、気になって仕方がないんです」

 調査依頼に訪れたのは金沢市内に住む会社員田坂昭典さん(45)=仮名=で、東京に本社を置く中堅企業の金沢支店営業係長である。少々ネコ背ぎみで、声が小さく、話をしている最中でも視線をそらし、どことなく落ち着きがない。

  田坂さんの話によると、毎週月曜日の朝になると気分が落ち込んで出社する足取りが重くなり、時には頭痛や吐き気がすることもある。さらに職場では、上司からしばしぱ注意を受け、若手社員の態度も何となくよそよそしいような感じがするというのである。

 実際、仕事に対する意欲は薄れがちで、営業成績も思うように伸びない。特に最近、仕事のミスで会社から立て続けに二度の懲戒処分を受け、上司からの強い叱責もあって一層、気分が落ち込んだ。

 田坂さんは関西の私立大学を卒業して、現在の会社に就職。東京本社に一年勤務した後、大阪、名古屋、京都、仙台の各支店を転勤し、四年前に金沢支店に営業係長として赴任した。同期の大半はすでに課長に昇進している。年齢的には次の転勤で課長のいすが待っていてもおかしく ないはずなのに、その気配は一向にないという。

「昇進どころか、このままでは次の異動で左遷させられるのではないか。会社は自分を正当に評価していないのではないか」
 田坂さんは一人で思い悩んだ揚げ句、上司や部下たちの本音が聞きたくて調査依頼に訪れたというわけである。

手厳しい評価にショック

 まず、調査員が田坂さんに対し、自分自身の性格をどう思っているのか尋ねた。田坂さんはみけんにしわを寄せ、腕組みしてしばらく考えてから、おもむろに口を開いた。

「どちらかと言えば、社交性や融通性に乏しい方だと思います。酒は強くないし、賭け事も好きな方じゃない。たまにパチンコで気晴らしする 程度です。神経質なところがあるが、自分ではきちょうめんで、まじめな方だと思うんですが…」

 早速、田坂さんの勤務する会社に連絡を取り、上司と部下に会った。むろん、田坂さんが調査依頼者であることは隠し、別の会社からの調査 依頼であると説明した上で話を聞いた。

 上司の話によると、田坂さんはまじめ過ぎて融通がきかず、仕事で失敗すると、いつまでもこだわり続け、とりこし苦労をするところもある。何事に対しても粘り強く取り組む姿勢は評価できるものの、新しいことに対する適応性、柔軟性に若干欠ける。さらに、部下を引っ張っていく主導性に乏しく、人間関係の煩雑な仕事には向いていないようだという。
 昇進の可能性については、

「田坂君の場合も当然、転勤の可能性はある。しかし、栄転になるかどうかまでは分からない」

 というのが上司の評価だった。

 また、複数の部下たちの話を総合すると、田坂さんはいつも上司の顔色をうかがい、大胆な行動をとれないタイプ。例えば取引先で自分の判断で商談をまとめ、会社に戻ってから上司に掛け合う場面は一度も見たことがない。部下から判断を求められても口を濁し、あいまいな答えしかしない。酒席では中座して帰ることが多く、時には部下と本音で話をする大らかさが欲しいというのである。

 話を聞いた上司や部下がライバル企業の引き抜きかと思い、田坂さんを事実に反してこき下ろした可能性がないではないが、上司らの評価は 予想通り手厳しい内容だった。しかし、調査結果が良かろうが悪かろうが、包み隠さず正直に依頼者に報告するのが調査事務所の鉄則である。 調査報告書を受け取った田坂さんはその場でむさぼるように読み、相当ショックを受けたようだった。

職場での孤立感で苦悩

 田坂さんのように、自分が職場や近所からどのように思われているかの調査依頼に訪れるケースはここ数年、目立っている。うわさや周囲の目に神経をとがらせ、自分で自分を苦しめているケースである。十年前にはまったくなかった新しいタイブの依頼だ。職場や地域での人間関係が疎遠になり、相手の心をつかみかねて疑心暗鬼に陥り、悩みを募らせている人が増えていることの表れかも知れない。

 依頼者の中には、精神分析や心理学の本を読みあさって自分自身の性格を決めつけた揚げ句、周囲から悪く思われているに違いないと思い込んで、改めて調査依頼に訪れるケースもある。大半は本人の思い過ごしであり、先の田坂さんのように悪い報告はむしろ少ない。

  金沢市内の病院に勤める看護婦長吉田京子さん(50)=仮名=の場合、近所や職場の人たちから悪ロを言われているに違いないと思い込んで調 査依頼に訪れた。

 吉田さんによると、職場の雰囲気がおかしいと感じ始めたのは一年ぐらい前からである。自分一人が職場の中で孤立しているようであり、上司や部下との関係が何となくしっくりいかない。だれも自分に話しかけようとはしないし、意識的に避けているような気がしてならない。改めて近所の人たちの態度を思い返してみても、何となくそっけないような気がするというのである。

”思い過ごし”に安心感

 吉田さんは夫婦二人暮らしで、子供はいない。そこで、吉田さん方に子供を養女に出したいと思っている人から調査依頼を受けたとのロ実を つくり、まず近所の主婦から吉田さんの評判を聞いた。

 同じ町内の主婦の話。

 「看護婦さんだから、日中、家におられるのは日曜日ぐらいです。町内会の催しにはほとんど顔を出されませんが、忙しい仕事だから仕方ない ですよね。ご夫婦で犬を連れて散歩される姿をたまに見掛けることがありますが、とても仲がよいようですよ。また、礼儀正しい人で、道で会 えば必ず笑顔であいさつされます」

 吉田さんと十数年間、付き合いのある主婦の話。

 「口うるさい姑さんに仕えただけに、芯のしっかりした辛抱強い方だと思います。姑さんが入院した時には病院の勤務が終わってから毎日、看病に通っておられました」

 近所の人たちの評判は、本人の思惑とは逆に好意的なものが多かった。

  病院関係者の話を総合すると、吉田さんは仕事に対する熱意、責任感は人一倍強く、自分に対しても部下に対しても仕事面では厳しい。ミス の許されない仕事だけに、若い看護婦に対して時には声を荒げることもある。ただし、仕事を万全にこなそうとする使命感からであり、個人的 感情でしかっているわけではない。

 もっとも、注意されて陰でぐちをこぼす人はいるが、吉田さんを嫌って強く反発する人はいないようである。
 ある若い看護婦は、

 「吉田婦長は私たちの模範です。どこの職場でも上司の陰ロを言ったり、批判する人はいると思う。ましてや女性の多い職場では上に立つ人 は大変だし、孤立しがちになるのかも知れませんね」
 と、吉田さんの立場に理解をのぞかせた。

近所、病院関係者の話を報告したところ、吉田さんは、

「私は周囲の人たちから理解されていないとばかり思っていたけど、思い過ごしだったのですね」

と、自分に言い含めるようにして初めて笑顔をのぞかせ、明るい表情で事務所を後にした

しかし、職場や近所の人たちから理解されていないのではないかと疑心暗鬼になるのは、日ごろのコミュニケーションの乏しさが一因とすれば、この手の調査依頼は今後、確実に増えていくに違いない。
(最近の調査結果を素材にした創作です)